えとせとら

丘本浩一blog -こころのこりのたび-

12/12

12月12日、すっかり厳しい冬、ちょうど私も丘本浩一と名乗りはじめてから12年目の年の瀬をうっかり迎えることになりました。

声を大にして言いたかった「11年目のファーストアルバム」は残念ながら見送ることになり、ほとほと無様ではあるものの、表向きは穏やかな日々でまた確かに潜む不安。そんな時にはニーナ・シモンブロッサム・ディアリーの歌声、両極にあるようで表裏一体だとも思えるそれが共にあればなんとかなる気もする。

シングス:ブロッサムズ・オウン・トレジャーズ

シングス:ブロッサムズ・オウン・トレジャーズ

 

皆そうでしょうか、これからどうなるのかは全く予想が立たないけれど、完成するまでアルバム作りは終わらないし、飽きもせず音楽を聴き集め続けてゆくと思う。変わらないことなどないのだろうけれど、そのままに生活がある。

 

早いもので先月、今年最後に人前で演奏することとなった曲は、まだ見ぬ生まれくる全てのものに捧げたつもりの「生まれ」という曲でした。今年縁あってお世話になったみなさま、ありがとうございました。

 

新譜はあまりいらないや、と思う周期ではあるものの、12月はふと新しいものも耳に留まって胸震わすこと多い。今1曲選ぶならこのミツメの新曲、どこかクリスマスソングみたいなマジカルな響き

 

それでは、またそのうち。 

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難波屋

10月に入りました、9月は充分に迷った感あるので集中する秋へ

9月28日、西成の難波屋にてライブがありました。関わってくれたみなさま、ありがとうございました。

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この街のことをしっかり受け止め体に馴染ませるのは難しかったけれど、その自由さと当たり前に真顔の人々を讃えたい。回る酔いと熱気の中でぶつけてもらった普段は聞けなさそうな本音を胸に刻みつけたいと思う

 

この日を作ってくれたミカミッヒさんはニルヴァーナのIN UTEROのTシャツを着て来ていて、その1曲目、この曲のさわり部分をライブの途中でなんとなくシャウトしてみたりもしました。どこかモゴモゴとしてしまったけど、楽しい夜でした。


Nirvana - Serve The Servants

桃epにまつわる散文〜B面

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いよいよこれを書き終えたら、この夏も本格的に終わりを告げます、あくまでも自分の中での話ですが。

「桃ep」胸を張って、「どうぞ、これがバッチリ丘本浩一のやりたかったことです」とは言えないけれど、作って良かったとは思って今す。自分の作品としては久々の多重録音で、アレンジ面でこれまでして来なかったことができたし、これを作ったことで製作中のアルバムの方向性がより定まってきたので。

念のため書いておくと、「桃ep」はアルバムの予告編的なものではなくて、アルバムに至る階段・梯子みたいなものだとお考えいただけると有り難いです。それを今なんとか登ってゆけるような気がしています、秋に向けて

 

さて、ここからは「桃ep」後半、B面収録曲について。↓ダイジェスト1:06あたり〜

3曲目「渚に手」

2010年に発表、同じく無料配布していた「弾き語り録音集-初夏-」に収録した「渚にて」に手を加えてリメイクしました。テンポもキーも落として年をとった感じ、言葉さえもなくして、そんなバージョンです。ギターはマイクで録音せず、ライン録音のみを使用、苦労したところもあるけど、これはこれでアリの音になったと思っています。あと特筆しておきたいことは「桃ep」1〜3曲目まで同じキーです、テンポ感もずっとゆったりながら、なんとか飽きがこないよう意識してここまで作りました。

それでは、最後に4曲目「プール開き」

この曲だけ歌とギターに1本ずつマイクを立てて、弾き語りをそのまま収録しました。大村みさこさんとのデュオ「そもそもふるさとは」で作った曲で、「そもそも〜」では一度きりライブで披露したことがあるはずです。それ以降は自分のソロのライブでは夏に何度か歌っていて、夏がテーマの作品の最後に初夏を歌ったこの曲を持ってきて、出口になるように、また夏が繰り返すように、そんなイメージで収めました。歌がちょっと地味な仕上がりになってしまったのが心残り。

 

それでもこの夏の私の精一杯が詰まった「桃ep」

機会あれば、じっくり味わうように聴いてみてください。

 

ありがとうございました。さあ秋だ。

桃epにまつわる散文〜A面

9月に入ってから分かりやすく涼しくなり、こんなに夏と秋の境目がきっぱり現れるのって珍しい気がして、厳しい残暑感少ない今日この頃。

まさに夏の終わりに発表することになった「桃ep」についてもう少し書いておいて、あまりにあっさり行ってしまいそうな夏の背中を追ってみようかと思います。

以下、もう聴いていただいた方は補足的に、これから聴いてみたいという方は参考に、どちらにも当てはまらない方は暇つぶしにでも、よろしければお付き合いください。

 

完成したての頃はやはり作り終えた感が何よりも大きく、少し時を経て見えてきたことがあります。今回の「桃ep」はこれまでの作品とは違い、ギターと歌以外に色々な音を足してあって、それが曲そのものの骨格や魅力よりもムードや雰囲気を作り出している気がします。ある方からは「どこかアンビエント」というご感想もいただきました。いつ現れていつ消えるのかが曖昧な夏の蜃気楼のゆらめき、そんなムードを醸し出せていたらば、と思います。ここからは収録曲のことを。

まず1曲目「桃」、2分ちょっとの試聴サンプル作りました↓

去年の夏、10周年ライブを終えてからきちんと形にした最初の曲で、その準備やら何やらに追われて切羽詰まった時期の反動でしょうか、こんなゆったりとある意味ふつうの甘いことを歌った曲ができたのかな、と思います。ふつうがとくべつになれば、なんてことも込めたかったのかもしれません。自分が「桃を食べよう」なんて歌う日が来るとは思っておらず、不思議なものです。去年何度かライブで歌ったのとはちょこちょこ変えたところがあって、大きく違うのは今回の収録用に付け加えたイントロ部分、このイントロがまさに今回の作品の入り口で、「夏が来れば思い出す」そんなムードで始めてあります。それから、夏になると特に聴きたくなる、あるアメリカの偉大なバンドが1966年に出した名盤から一箇所サンプリングして使わせてもらっています。勝手ながらありがとうございます。

切れ目なく続く2曲目「取り憑かれて」

東京のバンド「ミツメ」のカバーで、4曲入りのシングル「めまい」に収録の1曲。ライブで何度か披露したことがあり、夏のけだるさに相応しいムードを持つこの曲を勝手に収めさせてもらいました。どうにもこうにもならん無常観を歌っていて、どこか腑に落ちるところがあり、違和感なく歌える曲です。意識的に揺れる音を多めに、部分的に自分としては大胆なアレンジを施せたことが今回の自然な挑戦です。1-2曲目ともにギターはマイク録音だけでなく、同録のライン録音を混ぜてあり、切れ目なく聞こえるように2曲続けて録りました。しつこいですが、切れ目なく続く、それを大事にした1-2曲目、A面です。

めまい

めまい

 

原曲はこちら


ミツメ - 取り憑かれて

 

それでは、この辺で。〜B面に続く

桃ep [2017.9.10更新]

桃ep -demo-

1. 桃 (→サンプル試聴)
2. 取り憑かれて
3. 渚に手
4. プール開き

-ダイジェスト試聴はこちら-

 『僕らはきっと夏の迷子』

ひとこと添えるならそんな感じ、夏にはどこか行きたいねえ、行ったねえ、楽しかったねえ、でも結局ここに戻ってきてしまうよなあ、みたいなムードの、夏にまつわる4曲を収録。私もこれを作っているときは、まんまと迷子さながらの状態になりました。

これまでと同じく自宅録音で最初から最後までひとりで作業に取り組みました。今作っているアルバムと同様に、今回はギターと歌以外に音を重ねに重ねてそこから削ぎ落として、この状態に落ち着きました。

去年の夏に作った「桃」を今回のためにアレンジしたのを軸に、夏によく歌いたくなる曲を並べました。どの曲も今回用の仕掛けを施してあります。ライブでは何度か歌ったことのあるミツメのカバー「取り憑かれて」はゆらゆらできるように、かつて夏には欠かさず歌っていた「渚にて」は「渚に手」になったり、「そもそもふるさとは」で一度だけ披露したことがる「プール開き」をひとりだけでおさめてみたり、今夏の感じで閉じ込めてみました。

ゆっくり腰を落ち着けて聴いてもらえるよう、テンポは遅めで、アナログEPを意識して1-2曲目がA面、3-4曲目がB面的に、それぞれのムードが持続することと、その中で入り口があって出口があるような仕上がりを意識しました。

補足的なセルフ解説はこちら↓

  

数量限定ではありますが、無料配布作品なので、会える方には直接お渡ししますし、郵送なども喜んでいたします。お気軽にご連絡お待ちしております。

※9月10日現在、手元にはわずかしか残っておりません。

現在、下記3店舗に置かせていただいております。数に限りがありますので、無くなっている可能性もあります、何卒ご了承ください。

(・8月31日、難波 絵本カフェ holo holo に置いていただきました。・9月2日、阿倍野 流流に置いていただきました。・9月7日、北浜 イオリ・雲州堂に置いていただきました。ご協力ありがとうございます!)

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勝手ながら、夏のうちに聴いてもらえたら、よりしっくりくるのではないかと思います。

よろしければ、しばしゆっくり、桃の甘みをじっくり味わうように耳を傾けてみてください。

はじめてのフジロック記、ある魔法

f:id:okawokudareba:20170806160240j:imageフジロックフェスティバル2017、あれから1ヶ月が過ぎてしまって、その魔法が解けつつある、のは致し方ないことながら、じわじわカタカタ打ち込み残してきたことを公開しておきます。

とてもとても長くなりました、、かなり趣味的で時に大袈裟で分かる人にしか分からない感あるとは思いますが、書いていて(特に後半)力みなぎってくる感じありました。分けて公開しようとも思いましたが、一連の流れとして残したくなった結果です。読むのにも力いるようなところあると思いますが、お時間ある方はできればゆっくりと、よろしければお付合いください。

 

 

そもそものきっかけはやはり小沢健二、およそ20年ぶりのシングル「流動体について」発売時に出演したミュージックステーションの生放送中の出来事、きっと特に誰の許可も得ずに突如フジロックへの出演を前倒し発表。オザケン氏の「フジロック」の発音が「フジ」にアクセントをつけたもので(要するに富士サファリパークに近い発音)、それが妙に引っかかった。これは何かあるぞ、と。

しばらくしてから出演者の日割りが発表され、エイフェックス・ツイン小沢健二くるりコーネリアスが29日土曜日の同日出演!こんな組み合わせが2017年にあり得るなんて、、これを逃すといつ行けるか分からないし、よし行くぞう、と。やっぱり何かあるな、と言い聞かせ、ひとりでも、いや寧ろひとりでこそ、と、早割1日券チケットを1枚購入。

 

それから、来るべき7月29日に向けてまずは金銭面の工面をしつつ、男34歳初めてのフジロックに向けて日々を重ね、あれよあれよと当日を迎えました。

当日に体力を温存してしっかり楽しめるよう、前日は新潟県長岡市で1泊。お昼は長岡名物、へぎそばに舌鼓を打つ。

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少し余談を。その日の宿、1泊3000円ほどのビジネスホテルはいかにも男性客向け、といった様相で、夕食の買い出しからホテルに戻ってきたときには、バッチリ化粧と身だしなみを整えた3人ほどの女性がホテルの真ん前でどこか所在なさげに各々その日のご主人様の到着を待つであろう様に出くわした。その中の1人の嬢と目が合った、気がして、もしもの並行世界のことを少し思う。もしも私がサラリーマンで日々忙しく疲弊し切っていて、新潟に出張に来ていたなら、と。

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日中は市内を走るバスで少し観光、米所新潟らしい見渡す限り田園風景が広がる中、聴いてグッと来たのはくるりの「ハイウェイ」

僕が旅に出る理由はだいたい100個ぐらいあって

に始まり、

僕には旅に出る理由なんて何一つない

手を離してみようぜ 冷たい花がこぼれ落ちそうさ

で終わる、アンビバレントな描写に今も胸を熱くするのでありました。

いよいよの当日を控え、21時頃には就寝。

 

当日は始発電車で越後湯沢駅まで向かう。駅から会場の苗場スキー場までのシャトルバスの中では、前日からの流れを受けくるりの現時点での最新作”THE PIER”を聴く。

くるりが「ばらの花」以降定期的に作り続けてきた、ミドルテンポの8ビートでベースがルートを淡々と刻んでゆくタイプの曲(前述の「ハイウェイ」もまさにこれ)、"loveless"の一節

愛はどこでも消えない気持ち 懐かしむこと慈しむこと

許し合うこと見えないことも 見ようとする強い気持ちのこと

この部分から、小沢健二「強い気持ち・強い愛」を連想してグッときてしまう。この時点でタイムテーブル上被っていたエイフェックス・ツインくるりのどちらを観るかはほぼ決定することに。

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天気は予報通り下り坂の中、会場までは順調に到着。

「それから先はヘイヘイヘイ」「誰のせい?それはあれだ!夏のせい」(ちょうど前日には夏を彩るこの2曲が会場に大きく響いていただろうな、と今になって思い巡らせる)といった具合に深夜までひたすら歩き回って、とくに日本語の歌を多く浴びに浴びる1日になりました。

数々の寄り道をしながらも、どうしても日本語の歌を聴いて育って、日本語で歌うようになったわけで、避けて通れなかったこれまでの道程を思う1日。と、先にまとめつつ、振り返ってゆきます。

 

入場後、各会場の下調べをした後、まずは観る気のなかったサンボマスターをグリーンステージで観ることに。フジロック出演は10年ぶりらしく、「みなさん10年間、色々あったことと思います、ご苦労さんでした」という旨を30代以上が多く集まるフジロックの観客に伝えてから、演奏を開始。

サンボマスターの『そのぬくもりに用がある (LIVE)

1曲目はこの曲、イントロから想起するのはシカゴ"Saturday In The Park"、ちょうどこのとき土曜日の朝、時折「10年分!10年分!」と叫びながら、ソウルミュージックとロックンロールへの偏愛をこれでもか、と感じさせられる演奏には、胸が熱くなってしまいました。スクリーンに映るファンらしき方々のとても良い表情からも大衆音楽としての正しさを感じた。

曲中で小沢健二今夜はブギーバック」のサビの歌詞を引用して歌い、まさにこの日のこれからのことを思わせたり、最後の曲で20からのカウントダウンをして始めたのは、あとでそれと似た光景を見ることになり、思いがけずとても印象深い1日の始まりに。 f:id:okawokudareba:20170806233555j:imageほぼ一日中ずっと雨模様だったけど、ひとときの晴れ間が訪れたのも良かった。あと、グリーンステージは一面緑に囲まれた中で音が空気を震わせているのをしっかり体感でき、フジロックのここメインステージでしかできない特別なこと、ってきっとあるのだろうな、と考えたりしました。

 

その次はPUNPEEを観てみようとホワイトステージへ移動、フジロックに来てまでもやっぱり日本語を目一杯注入しようと思ってしまったのですね。ちなみに移動を開始した辺りでミツメのボーカル川辺さんらしき人を目撃、夏には必聴のミツメ。

道ゆく人の流れと結構耳にした「PUNPEE観に行く」という声からも分かる人気ぶりで、ライブが始まるとステージ前方へと急ぐ人を多く目にした。

commonの"be"のトラックに乗せたフリースタイルラップからライブ開始、貫禄というかデキル人なんやな、と思わせる佇まいが印象的だった。日本語ラップの面白さが体感できなくて勿体無く(これは自分の問題だと思う、悪しからず)、3曲ほど聴いたところで移動。

ホワイトステージからフィールドオブヘブンまではボードウォークと呼ばれる森の中に木の板を繋げて歩道にしてあるところがあって、

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その途中に「木道亭」という小さめのステージがあって、そこに辿り着こうと思ったけれど、この日一番辿り着くのに混雑を感じることに。まるで進むことのないボードウォークの上、PUNPEEのライブの音が漏れて聞こえて、レッチリの"By The Way"を流してラップしていたもよう。大胆やなあ

さて、なんとなく歩いていた人も自然と足を止めてしまってこの混雑を生み出したのだろうな、という気がしたのが、「平賀さち枝とホームカミングス」の演奏。辿り着いた時にはもう最後の曲で、森の中にマッチし過ぎる、そよ風吹き抜けるようなイノセントさが溢れていて心地良かったです。


平賀さち枝とホームカミングス "白い光の朝に"

その聴けた1曲、最後の「ラララ」コーラス部分が森の中に木霊するのがたまらなかったなあ

 

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森を抜けてその後は、フィールドオブヘブンで少し休憩、フィドルが二人もいる贅沢なカントリーミュージック、Western Caravanの演奏が丁度始まったところ。滋味深いねえ、と、使い慣れない日本語が思わずこぼれるような小気味良いグッドミュージック。

日本ではほぼ知名度ゼロらしく、こういう人たちが観れるのもフジロックらしさなんだろうなあ

 

そのあとは、グリーンステージでCoccoレッドマーキー(唯一の屋内ステージ)でnever young beach、グリーンステージでThe Avalanches、再びレッドマーキーでThe Lemon Twigsと、普通ではあり得なさそうな流れで数曲ずつ観る。楽しみにしていたAvalanchesは音源とは違って、肉体的なグルーブを感じるライブで、パワフルな女性ドラマーが印象的だった。ちなみに、この辺りでceroのギターの橋本さんと思しき人を目撃、先のミツメ→ceroというザ・東京インディー的な流れは偶然にしては出来過ぎで驚く。


The Lemon Twigs - These Words (Live on 89.3 The Current)

ラジオで耳にして、「おっ」と思い、まさかのタイミングで観れることになり、とても楽しみにしていたThe Lemon Twigs、最高。ロック偏差値が高過ぎる、おそらくまだ10代のダダリオ兄弟による派手さの中に緩急のあるダイナミックな演奏は、予想通りの良さで、とくに兄弟のハーモニーと歌声は予想以上のホンモノ感があって素晴らしかった。ここでは、おそらく近くにタナソーこと田中宗一郎さんらしき人を目撃。

 

さてさて、ここからがいよいよのお楽しみ。コーネリアス小沢健二くるり、という本当に信じられない、今になっても信じられない流れでライブを観ることができました。考えてくれたフジロックの運営の方々にはとても感謝、と先に書いておきます。

 

生で観たのはそれこそ10年ほど前かな、京大西部講堂でライブを1度観たことがあるコーネリアス、映像と音像が同期した演奏は流石のクオリティだった。

そして改めて思うのは、元相方・小沢健二との音楽性のはっきりとした違い、ライブにおいても機能的にデザインされた最小限の4人編成での演奏はある意味日本人らしい神経質さを感じた。

ライブのはじまりは、新作"Mellow Waves"の1曲目、日本語の響きに親密さを感じる、新機軸のこの曲から、と、思いきや、イントロのみ、で見事にじらされる。じらされるシーンもまた、このすぐあと、目にすることとなり、とても印象的になった。

混雑のことを考え、30分ほどまったり演奏を聴いた後、移動開始。一番よく聴いたアルバム"point"からの曲はバンドの演奏のタイトさも相まって、やはりとても気持ち良かった。

さあ、いよいよだ。


「今のオザケンをフジで見てみたい」きっとそんなことを思う多くの人の影響で、スタッフの方々が交通整理を強いられる程の混雑の中を進み、ギュウギュウ詰めのホワイトステージの後方に何とか到着。

会場には聞き覚えのある歌声が流れていて、それはカルテット・ドーナツ・ホール「大人の掟」、松たか子満島ひかりのあのハーモニー。昨年のツアー「魔法的」の時も開演前のBGMはオザケン氏が選んでいたようで、今回もどうやらそうらしく、氏がドラマ「カルテット」を観ていた可能性が浮上、とひとり湧き立つ。何とその前にはサザンオールスターズいとしのエリー」が流れていたそう!もちろん「愛し愛されて生きるのさ」のあのフレーズ

10年前の僕らは胸を痛めて

いとしのエリーなんて聞いてた

を意識した選曲に違いないでしょう。 

その後も、どうやら「この街の大衆音楽」を意識したであろう選曲が続けて流れる中、ホワイトステージはさらに後方から人が押し寄せ、超満員、高まる期待と熱気に満ちた中、オザケン氏と大所帯(10人以上)のメンバーがステージに登場。オザケン氏が「みんなの力で、10、9、8、」とカウントダウンを始める。最初に観たサンボマスターのことが脳裏をよぎり、演奏された1曲目は「今夜はブギーバック」偶然と必然が混ざり合うような瞬間!しかもイントロ部分にはこの日のためのコール&レスポンスが用意されていて、それも素晴らしくオザケンらしい、ライブ感で興奮。

大歓声からの大合唱、前方スクリーンには去年のツアー「魔法的」と同様、全曲において(スチャダラパーのラップ部分まで)歌詞が映されていたので、本当に大合唱になる。ステージから鳴っている音より観客の声がここまで大きく聞こえるのも初めての経験かもしれない、と、冷静に書いているのがおかしいくらいの、熱狂の時。

↑その時の様子があがっていました。余談ながら、開演直前にかかっていた曲(この動画の3:05あたり〜)がずっと忘れられず調べていましたが、まだ分からず、、もしどなたか知っている人いたら、教えていただけたら、有難いところです。(解決しました!この曲です。↓)

 

熱狂の「ブギーバック」に続けて、今年出たシングル「流動体について」のイントロが演奏され、これまた歓声が上がる。しかし、演奏に合わせてハンドクラップを数回繰り返すのみ、で、それに続くは「僕らが旅に出る理由」、勿論の大歓声!このじらしからの展開が堪らなく、そして、さっきのコーネリアスがまた脳裏に浮かぶ。こうしてフリッパーズ・ギターの二人が全く違う方向性の音楽を奏でながらも、それぞれの今の押し曲を一旦じらしてから披露する、というどこか同じ遊び心を持って生の音楽を届けている様に出くわす、、なんて日だ。

ここまでで既に最高に魔法のようで、夢見心地の中で演奏は続いてゆく。昨年のツアー「魔法的」の延長線上にある、多くの人に愛されてきたヒット曲の中に新曲が挟まれた構成でライブは続き、ヒット曲では大合唱が起こり、まだ音源にはなっていない新曲ではスクリーンに映された歌詞を目で追いながらじっくり聞き入る。「魔法的」のバンドメンバーに加え、スカパラのホーン隊、と、女性コーラスに一十三十一さんが迎えられ、より華やかでいて、より余裕が感じられる王道のポップスサウンドが鳴り響いていて、まさにこの街の大衆音楽ここに極まれり、といった趣。革新的というより伝統的な。ちなみに「魔法的」ではどちらかというとロック的なムードが強かった気がする。

そして、「魔法的」では演奏されなかったあの曲がライブの後半、じらされた「流動体について」の後に演奏された。


小沢健二 - 愛し愛されて生きるのさ

この曲では所々オザケン氏の歌とギターだけになるところが設けられ、特に

何にも見えない夜空 仰向けで見てた

そっと手をのばせば僕らは手をつなげたさ

けどそんな時は過ぎて大人になり随分経つ

苗場の夜空を眺めながら、慈しむように大切に歌われた気がしたこの一節に聴き入ったことは、一生忘れ得ない光景になるだろうなあ、と書きながら今も胸が震えてしまう。ようやく生で聴けた間奏でのあの「語り」部分(家族や友人たちと〜)も、一十三十一とHARCALIハルカによる女性コーラスのリフレイン「我ら、時をゆく」の素晴らしさも相まってしっかり焼き付いた場面。

オザケンならではフジロックならではの、生(なま)であり生(せい)を感じられる多幸感溢れるライブを堪能し、勝手ながら、本当にありがとうございました、と思う。しかし、ここで終わらないのが、私のフジロック2017、オーラスに向けて移動。

 

フィールド・オブ・ヘブンに到着すると、既にくるりの演奏が始まっていた。

さっきの小沢健二のステージと比べると目で見て分かる普段着感、それを持ってステージに立っている様子、気取らないMCでの京都のちょっと口の悪そうな兄ちゃん感(悪い意味ではありません)、演奏は大らかでありながら決して緩くはならい、まさにくるりだなあ、と思った。

到着して、落ち着いたところで演奏されたのは「虹」思えばくるりを観るのは何年ぶりだろう、きっと5年は経っただろう、いやあ、後奏部分での岸田繁氏のギターソロは相変わらずエモーショナルで最高だなあ

くるりはこの日2時間ほどの持ち時間でワンマンライブなみの演奏を披露してくれて、個人的には聴き倒したアルバム「アンテナ」から多く演奏されたのが嬉しかった。もう生では聴けないだろうと思っていた「黒い扉」が聴け、その後が「惑星作り」という長尺でマニアックな選曲が続いたのも、フィールドオブヘブンの雰囲気との相乗効果もあり気持ちよく、続く雨の中揺られ続けました。


くるり - everybody feels the same(LIVE at YONAGO AZTiC laughs)

久しぶりのくるりで、元々好きではなかったこの曲なんかは、ライブならではの高揚感があり、素晴らしかった。世界各国の地名を連呼するところから大サビの合唱までの流れ、が音源よりもダイナミックに景色が流れていくようで最高。岸田氏がギターを持たずラップをする、くるり流の「ブギーバック」?な「琥珀色の街、上海蟹の朝」もさっきのオザケンの熱狂を思い出しながら楽しく揺られました。

ところで岸田氏とオザケン氏って、音楽的にどこか共通するところがあると思っていて、過去の偉大な音楽を参照、時に大いに引用しつつもそれを日本語歌謡に落とし込めるソングライティングの妙、上手いだけではない癖のあるギタープレイ、決して万人受けしそうではないけど癖がある歌声は直情的でどこか可愛げもある、その妙や癖を私は欲して止まないのだ、と再確認。

くるりはアンコールもあり、「ロックンロール」で終わりと思いきや、「HOW TO GO」まで!「アンテナ」からのシングル2曲、

それでも君は笑い続ける 何事もなかったような顔して

僕はただそれを受け止めていつか 止めた時間を元に戻すよ

毎日は過ぎてく でも僕は君の味方だよ

今でも小さな吐息や言葉が聞こえるよ

ああ青春、、最後はまたも岸田氏のエモーショナルなギターソロが力強く響く、ありがとうございました。

たまたま、今日(8/31)見つけたくるりの最新インタビューをここに挟んで載せておきます。少しフジロックのことも語られていて、全体的にも読んでいて気持ちの良い内容だったので↓

改めて、くるりにはとても感謝をしないとな、と、思ったりしています。かつて、拙い音源を紹介していただいたことも勿論ながら、少し前の記事に載せた画像、くるりの「TEAM ROCK」の歌詞カードブックレットの最後のページに「小沢健二は最高だ」と書いていてくれなかったら、オザケンを真剣に聴くこともなく、こんな日は訪れなかった、かもしれません。またもや、もしもの並行世界のことを考える。

 

所謂エモい感じをかなり醸し出してきていて、気持ち悪いかもしれませんが、まだ少しだけ続けます。くるりが終わって、時間は23時を過ぎた頃、雨に打たれながらも逆に元気になった気がして、23:30からの小沢健二アコースティックライブへと足を向かわせる。 f:id:okawokudareba:20170819081235j:image

グリーンステージはすっかり夢のあと、観たかったエイフェックス・ツインのライブが少し前まで行われていた気配はほぼ感じられず。

向かう会場はキャンプサイト近くのピラミッドガーデンというところ、入場ゲートまで戻ってそこから更にかなり歩く模様、途中「ピラミッドガーデンは入場規制」というアナウンスにめげながらも歩き続ける。それでも僕は歩き続ける。

およそ40分ほどは歩いただろうか、会場が近付きステージから漏れ聞こえてくる音は「天使たちのシーン」ああ間に合わなかった、と思いながら、それは距離感と音量感のせいかAMラジオから流れてくるかのような音に聞こえとても印象に残っている。

愛すべき生まれて育ってくサークル
君や僕をゆるやかに繋いでる止まらないルール

どこか噛み締めるように遠く近い歌を耳にしながら、なんとか会場に到着、無事入場。

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ちょうどオザケン氏がモノローグと題された語り聞かせを始めたところで、このようにステージから一筋の光が放たれている光景に人が集まっている様はどこかしらの宗教団体の教祖様の説法のようにも見えた。

モノローグの内容を記憶の範囲内で整理すると、我々日本人に与えられた夏休みとその起源、その一方で休みを取れず働き続ける人のこと、そんな社会で貴重な休みにこうやって人が同じ場所に集まることについて、大まかにそんなところでしょうか。

フジロックに多くの人が集まっていること、そして先程ホワイトステージに超満員の人が集まったことの意味を補完するかのような内容になっていて、流石だ、と思った。フェスを盛り上がり騒ぐためのパーティー的なものとしてだけではなく、もっと多様でパーソナルなもの、またどこか問題提起としても捉えるためのモノローグ。

表現に意思・意味を宿らせる、そんな魔法使い、小沢健二、ここにあり

都市は言葉を変え 言葉は都市を変えてゆく

躍動する流動体 文学的 素敵に炸裂する蜃気楼

まさにこのどこか突飛な歌詞を体現するようで、参りました。

 

と、かなり信者みたいになってきてしまったところで、そろそろお開きに向かいます。

小沢健二アコースティックライブの演奏そのものは、最早使い物にならなくなった簡易の雨具では防ぎきれない止まない雨にやられて1日の疲れがどっと顔を出し、あまり耳に入ってこず残念、でしたが、最後に何度も繰り返された「流動体について」のリフレイン、

無限の海は広く深く でもそれほどの怖さはない 宇宙の中で良いことを決意するときに

が耳にしっかりこびりつく感ありました。

そんなわけで、大いに身体は疲れたけれど、それを上回る充足感で盛り沢山の1日を終了。これでこそ、ひとりフジロック完遂、、自分だけの流れで今観たい聴きたい音楽を身体いっぱい浴びる、まあ、ひとつの楽しみ方。

また、ひとりでもふたりでも大人数でも機会あれば行ってみたいフジロックフェスティバル。まずは場所良し。ステージ間の移動が自然の中で苦にならない、なんなら癒される、各ステージにキャパ以外の特色があるのも◯。そして食良し。各ステージ毎にそれぞれお店があってどこで食べてもハズレなかったし、割と全国各地からお店集まっていたようで豊富で飽きない。何より音楽良し。今回は初見が少なく、知っている間違いなさそうな人を中心に観て回ったから、予想通りもしくはそれ以上の良さがあったのは当然だけど、移動中ふと足を止めたくなることもあった。(今回特に思ったのは、沼澤尚さんのドラムの出音の気持ち良さ、や、LCD SOUNDSYSTEMの全体の音のバランス感とどこか物憂げな歌声)だから、それに身を任せてもきっと楽しめることでしょう。

この辺りはきっと多く語り尽くされていることかとは思いますが、やっと身を持って体感できたので書き残しておきます。

 

では、この辺でおしまいはあっさりと。長々と長文失礼いたしました。読んでくださった方、ありがとうございます。勝手ながら、これを書き残せたことで真夏をどこかスッキリ終えられた感あります。それでは、良い秋、良い音、良い言葉がまた街に訪れ響き合いますように

8月28日

目覚めてまず身体の重たさを感じる、どっと疲れが顔を出している、やあ、おはよう、久々の感覚。今日は休もう

 

昨日で珍しく2つ続いた久々のライブが終わり、ギリギリまで取り組んでいた誰にも頼まれていない夏の自由研究の提出を何とか間に合わせられた気分、どこかやり切った感があります。

谷町九丁目ワンドロップ、阿倍野流流でのライブ、関わってくださったみなさま、ありがとうございました。 

こんな「提出物」を作りました↓

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まだもう少し続きそうな夏のおともにしていただけるとありがたい、来るべきフルアルバムに向けてのプレ・デモ・音源、的な位置付けの4曲入り無料配布CD-R作品「桃ep」

繰り返すうだる夏の感じを閉じ込めた、色んな音が聞こえてくる、まったりした音像のどこか夢見心地なやつです。タイトルは、アナログ盤のEPを意識してA面2曲・B面2曲、といった感じにしてみました。

いつもそうなってしまいますが、今夏の精一杯の絞り汁、配ってゆきます。希望としては夏のうちに聴いていただきたいところです。聴いてみたいという方には何らかの形でお渡ししますので、遠慮なさらずにお伝えください!(なお、近日中にダイジェスト音源公開予定、また改めて書きます。)

 

今朝はその音源の出来映えを確かめようと、比較対照として「図書館」のLPレコードの特典デモCD-Rを聴きました。

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ああ、生演奏の温もりが伝わる、特典デモとしては勿体無さ過ぎる一枚。

同じくデモ的な自分の音源は、ややくぐもったローファイぎみの音になってしまったけれど、これはこれでデモらしい出来映えです。

 

午後からは「この世界の片隅に」をGYAOで鑑賞、昂ぶりぎみの魂を鎮めようと思ったけれど、やっぱり作品力に引き込まれてしまう。ふつうの毎日の特別さよ、永遠に

あ、それから、フジロックのこと、長々と書き溜めてあって、何とか8月中には公開しようと思っています。ほぼ自分のための記録ですが。

 

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最後に、前後しますがライブのことを少し、昨日の流流で最後に観た大津光央と屋上ワルツ、久々にしっかりと聴いたその歌声には背筋が伸びる思いでした。閉じ込めるのではなく解き放つ、歌に宿る何かがその場の空気を支配する様は、どこかトリップ感もあり素晴らしかった。

私は2日間通して、とても私そのままの演奏ができた、と思うけれど、それ以上でもそれ以下でもない、気がしていて、またどうにかしないとな、と思います。

とりあえず、次は9月と11月に演奏の機会いただいてます、引き続き気を緩めずアルバム制作にも取り組みたいところ。

 

それでは、また