えとせとら

丘本浩一blog -よけいなものこそ-

愛の休日

5月もまたおしまい、今月ほぼ毎日聴いてた曲はコレ↓


柴田聡子「後悔」(Official Video )

ああ、きた、あの曲がきた

ねえ、いま、君も気づいた?

歌い出しから何かが始まりそうなワクワク感、もし別のタイトルをつけられるなら「本気」でしょう、そんな気合いがビシバシ伝わってくる1曲。ドラムとベースとコーラス含む歌声だけで曲はおおよそ成り立っていて、それはモータウン的とも言えそうで(2:42という曲の短さも!)、もともとのアコギ弾き語りのイメージから大きく羽ばたいた感のある強靭なポップス。歌詞には突拍子さも挟みながら、準備する・祈る・抱きしめる・本気、といった普遍的な言葉・テーマがここぞとばかりに散りばめられていて、オザケン「強い気持ち・強い愛」あたりを思い出したり。もしこの曲を他の曲の間に並べるなら、大貫妙子「くすりをたくさん」荒井由美「中央フリーウェイ」の間に入れたい、そんな曲が2017年にしかもこの人から聴けるとは思いもよらず、なんとも心躍りました。

そんな1曲も入ったアルバム「愛の休日」のことを書いておこうと思います。

愛の休日

愛の休日

 

一聴するとフォーキーな感触がありつつ、聴き進めるほどに不思議とはぐらかされる、散らかりながら広がる柴田聡子ワールド。どこか偉そうになってしまうけど、きっと彼女は跳躍したかったんだ、と思う。その跳躍は離陸と着地点がまるで違っていて、そんな跳び方する人いないよなあ、という面白さ。

柴田さんのことを書く上で歌詞のことは避けて通れないところで、改めて思うのは、説明的な描写は控えめに、あえて親切さとは程遠いあくまでも自分の視点をそのままぶち撒けるかのような描写の多さ。デコボコでいびつな言葉の連なりは一見ふざけているようにも聞こえて、たとえ本人はまじめなつもりでも、そのユーモラスさがシンガーソングライター的な生真面目さを回避し、独特な開放感を醸し出している気がします。

完成度や統一感のある名盤、とはまた違う、この人にしか到達できない音楽で、やっぱりこの先も気になる人です。

 

自分の近況といえば、引き続き録音という名の沼にいます、文字通りの沼感あって抜け出せるのはまだまだ先になりそう。

不思議なタイミングで連絡くれたり会えた友だちにはありがとうを言いたい、どこか祈りに近いようなイメージでRECボタンを押せるようにしてゆきたい

5月1日

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初めて訪れた神戸は北野の老舗、ビッグアップル。ホームページに目を通すだけで分かる我が道をゆく姿勢のお店、実際中に入ってみて感じるそれは嫌なものでは全然なくて「古き良き」が自然と残されてきたんだろうな、お客さんに愛されてきたんだろうな、と思わせる雰囲気がありました。おかげでとても落ち着いてじっくりライブを観れてよかった、お目当ては渋谷毅さんと二階堂和美さん。

その組み合わせでの演奏を何年か前に(たぶん服部緑地、「レインボーヒル」で)観たのが脳裏にしっかり焼きついていて、とくに渋谷毅さんのピアノをいつかじっくり聴きにゆこうと思っていたまま時はあれよと過ぎてしまい、ようやく機会を見つけて聴きに行けました。(二階堂和美さんとの共演が決まったのは今回行こうと決めてからで、しかもその共演自体が10年ぶりぐらいとのことで素晴らしい偶然!)

ライブは渋谷毅さんのソロピアノからスタート、の前に、会場にふらりと現れた渋谷さんはとても「ふつう」で何気なかった。何年か前に遠くから見たそのお姿はなんだか神々しく見えて、勝手に仙人のような人だと思っていたけど、近くでその存在を意識することになると、まるで気合いや気負いが感じられなく、ただそこにいる、そんな風で自然な存在感。

それから始まった演奏は深く静かに瞑想しているかのような、良い意味で跳ねない、一音一音思慮深く落としてゆくようなピアノの調べで、じわじわとまるで時を止めてしまうかのような夢心地のひとときでたまらなかった。おそらく40分程の演奏は短く感じられて、ああ、このまま醒めないで、と思わずにはいられませんでした。

休憩を挟んでニカさんこと二階堂和美さんと渋谷毅さんデュオ、久々に生で聴くニカさんの歌はやはり圧倒的で、曲毎に表情を変える歌声とそれに合わせて体を大いに動かす、全身で歌うその姿は観る人を惹きつける魅力に溢れていて、まさしくニカさん節。しみじみと聴かせられる「女はつらいよ」を歌いながら、前方のお客さん一人一人と握手を交わしてゆき和やかさと破綻を同居させる、そういうのが様になるのもこの人らしさ、だなあ、と。

私も握手を交わしてもらった中の一人で、その手の感触から感じたのは女性的な柔らかさではなく歌い手・演者としての力強さそのもので、それがとても印象的でした。

渋谷さんのピアノは寄り添う、というよりも、居座るという感じで、ニカさんの歌の溌剌さとの組み合わせが新鮮だった。いつか服部緑地で聴いた、渋谷さん作曲の「つるべおとし」を時を経てまた生で聴けて、とても感慨深かった。

柄にもなく渋谷さんからサインを頂戴して、帰路に着きました。ありがとうございました、ビッグアップル

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御年77歳の渋谷毅さんの佇まい、演奏を観て、余計に思うことは「ふつう」にいることの素敵さ・難しさ

ミュージシャンだから、格好つけないと、とか人を惹きつけ掴まないと、とかそういった「普通」の考えに締め付けられることなく「ふつう」に人前でただ培ってきたものでもって演奏をする、逆説的な特別さ

↓最近読んだこの話題の本に通ずるところがあるなと思いました。「普通」の考え、から逃れて「ふつう」に暮らすのが、いかに大変か

夫のちんぽが入らない

夫のちんぽが入らない

 

 

長々と後半はまどろっこしい文になった気もするけれど、5月はこんな風にはじまりました、ふつうに録音がんばります

4月7日→

遅くなりましたが、4月7日金曜日、谷町九丁目ワンドロップでライブでした。あの場にいてくれたみなさま、ありがとうございました。

共演は内田修人さんといおかゆうみさん、お二人と直接そういう話はできず終いでしたが、パーソナルな響きのする歌が続く静けさが心地良い夜でした。

内田さんの歌はギュッと詰め込まれた言葉が耳に飛び込んできて、そのキャッチーさに感心します。都市生活での葛藤を感じさせるような現代的な描写が多い中、歌詞に「パリ」が出てくる曲が印象的でした。妄想力が高そうな人だなあ、と勝手に思っています。

いおかさんは彼女が10代の頃にも共演していて、歌を聴くのは結構久しぶりで、かつてはどこか線の細さを感じたりもしたけど(あまり人のことは言えないながら)、ときに力強く歌い上げる様は無理なく体に染み付いているようで、時の流れを感じられました。

私、歌い方を矯正中で、むず痒くもありながらも、おかげさまでなんとか歌いきりました。

演奏した曲はコチラ、

1. つまるところ
2. 春がひとり歩き
3. なんとなく
4. 日々
5. 毎日のこと
6. ある春
7. あああ
8. みなもと

この曲順を決めたとき、去年の10周年ライブ「とよりでからのへや」のその先を意識することになった、自分の中で、少しは前に進んでいると思い込ませます。

演奏を終えて「ありがとうございました」と言葉をかけられることがある、歌でギブアンドテイクができたならそれこそ有り難いことなので、そういうことはしっかり受け止ようと思う

 

これにてライブ予定がほぼ白紙になって、それからは毎日なるべく机に向かってコツコツと音を録り貯めていっています。まずは自分を驚かせられるように、ああだこうだ、探り探りの毎日ですが、楽しくも先が見えなくてやめようがありません。日の目を見られるよう気長にやります、お楽しみに

 


気づけば5月になりました、今日はこのピアノを弾くおじ(い)さんを観に行きます、おお楽しみだ

⇄4月17日

時が経ってよかったと思うことがある、ずっと家で音楽を作っていた彼が外に出て歌うようになって何年たったろうか、寺田遼一のライブが歌が今とても自然に胸にじわりと響いた。帰り道、ふいにコンビニに入りサンドイッチとカップ焼酎というまるで合いそうにない不思議な組み合わせを買って手渡してくれて面白かった、そんな彼ならではの自然発生的な揺れが歌になっているのだなと思ったりもして、そんな昨日。

丁度その一週間前には久々にカーテンズを聴きに行った、演奏が丁寧に練り込まれているのはそのままに今まで感じたことのなかった穏やかさがあった、凪いでいるようで不思議な聴き心地で。

ポールこと寺田くんの前には山田智史くんが、カーテンズの前には折坂悠太さんが演奏していて、その影響もあっての感想なのかもしれないけど、自分にとって今耳にしたかった音楽だったと納得している。

一昨日は奈良のとある湖で手漕ぎボートに乗ることになった、見渡す限りの山の緑の中に佇むだだっ広い湖、風に流されるボートの上、漕いでくれていた仲間が「今は丁度流されよう、と思っているんです」というようなことを言った。その日珍しく大いに遊び倒して、歳のせいか1日置いてやって来た筋肉痛を感じながら、流れ流されてここまで来たなあ、と思っている、今、いつも会うわけではなくても仲間と呼びたい人たちがいることには恵まれているなあ、とありがたく思います。

 

結局こないだの自分のライブのことはまた次回に書くことになりました。ダメだ、さあ、今日もプリプロ

春のつぶやき

ありがちな春らしい心持ちになってきました、どこかで前向きになることを避けたがるきらいがあるのですが、今はいいや、みたいな

「もとにもどる」音楽を作ろうとしながらも、音楽は前に進むものだと教えてくれる音楽をいくつか耳にする、入り込んで聴くパラードには思わず涙

ひとりではどうにもならないとよく思うようになった、それでもひとりでやり切るタイミングだ、好きな人にもまた会えるよう

ドイツからわざわざ取り寄せたCDを開く、あと1枚同じく海外から届く予定でそれが届いたら何かの合図だと思うことにしよう

こないだのライブのこととか、また改めて書きます。おやすみなさい

3月⇄4月

3月もあっという間に終わり、ドラマ「カルテット」も終わってしまいました、毎話毎話飽きることなく見逃せず楽しみ、終わってからまた(正確には最終話の前に)1話から見直していて、それもまた楽し。ほんと沁みることが多く、細かくは書かないけど「まきもどる」話で良かった、それは自分が今作っているアルバムのテーマと偶然シンクロするところであったり、とてもしっくりくるところの多いドラマでした。

しっくりきて良かったといえば「ゆうき」のライブ、オオルタイチ氏の歌心に耳を奪われました。歌い過ぎない、良い意味で誇張が少なく日本語が無理なく響く歌唱法で、癖を減らしたことが逆に癖になっていて、素晴らしかった。やっぱり歌うからには自分の歌をどう響かせるかまたしっかり考えないとな

 

肝心のアルバム制作は思い通りには進んでいません。思い通りと書くと星野源"SUN"の「すべては思い通り」という一節を思い出す、すべて思い通り上手く行くというポジティブな意味ではなくて、良くも悪くも自分がどう思い描くかがすべて、という風にこの一節を理解しています、「すべてが思い通り」ではなくて「すべては思い通り」。

それとはあまり関係なく星野源「蘇る変態」読み終えました、とても共感できるというわけではなかったけど正直で元気になれた、そういえば氏の作る曲にもそういう印象がある、4月もがんばろう

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ABCDE

Aくんのレコーディングをした次の日Bくんのライブを観て1日置いてCくんからライブのお誘いがあって同じ日にDさんからもライブのお誘いがあって、それらは関係ないようで大いに関係があると思い込む

前回の投稿は自己暗示みたいなところもあって気持ち悪いけど、そういうのが必要な意思の弱い自分のことを再確認、良い意味で思い込んで、とにかくやるしかないんだな、春、E曲作ろうf:id:okawokudareba:20170306233219j:image


Yusef Lateef: Plum Blossom