えとせとら

丘本浩一blog -こころのこりのたび-

平和、できれば愛を

休日、西院フェスもしくはスキマアワーに行こうかな、と思ったりもしていたけど、家事のこともあるし、天気も気力も万全ではなかったりで、ぼーっとして過ごす。西院フェスは来年から何やら変わるようですね、どうなるのかな?

夏らしく荒々しい雷雨がゴーっと去り、ひとときの涼しさが訪れ、ブログをこうやって更新しようとしていると頭に浮かぶワードは「平和」だ。気にせず好きなことを書けるような、みんなに余裕と時間がある社会だったらいいのに、と思ったりする、、けど、これ以上書き連ねるのは難しいなあ

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坂本慎太郎「できれば愛を」を繰り返し聴いている。珍しく意識的に前情報を入れずに手に入れ音を聴くに至った、待っていた3作目。ソロになってからの1作目・2作目の延長線上にあるようで、何か決定的に違うと思った。どちらかというと、ゆらゆら帝国の最終作「空洞です」の続きに位置させたくなるような感触。

空洞です

空洞です

 

文字通りの「空っぽ」感漂う、ロックバンドらしい抑揚を削ぎ落としたミニマルなフレーズ・曲展開・歌詞が印象的な怪作「空洞です」

 

幻とのつきあい方

幻とのつきあい方

 

クネクネした、すなわちブラックミュージック的なフィーリングが新鮮なソロ1作目「幻とのつきあい方」

 

ナマで踊ろう(初回盤)

ナマで踊ろう(初回盤)

 

カラッとした、南国感溢れるスチールギターのゆるい響きと現実味ある警鐘的な歌詞の不気味さの対比が新鮮な2作目「ナマで踊ろう」

 

そして、新作「できれば愛を」

できれば愛を(初回限定盤)

できれば愛を(初回限定盤)

 

上述の1作目・2作目にあるような分かりやすい新鮮さはなくて、真っ平らでグニャっとしている、と思った。

1作目・2作目も決して音数は多くないけど、更に音数(同時発音数が正しい気がする)は絞られて、楽器の音が無駄なく配置されたかのような音像。1作目に見られる黒っぽさ、2作目で使われたスチールギターはより要素として溶け込んでいて、とても「普通」な顔をしている。もともとシンプルな歌詞はさらに平易になり、坂本氏の歌声の不気味な存在感が際立つ。なんだかグニャっとした聞き心地。

「空洞です」との類似点として、盛り上がれたり踊れたりするような分かりやすさはなるべく薄められていて、普通のことをいかにイビツに鳴らすか、そういう意識が貫かれた音楽だと思った。

「空洞」という諦めに近い言葉で終わる『空洞です』、そして「胸にぽっかりと空いた穴ぼこ」で始まる『できれば愛を』、そこで描かれているのはどうしようもなさを認めながらも「できれば愛を」求めてしまう、続く私たちの日常のようだ。

「マヌケだね」という曲は一聴したところ「マヌケさ」を蔑むような内容かと思いきや、きっとそうではなく、

マヌケだね 楽しんでるかい? 好きだよ

日常になんでもなく潜む違和感を愛らしく思える気持ち、まさに「できれば愛を」肯定したい、ということなのだろう

そういう意味的な示唆を音自体の特異さでもって一聴しただけでは分からないようにしてあるのは、この人の美学なんだろうな、と思う。

 

そういう面も含め、万人受けする作品だとは全く思えないですが、目には見えないような違和感や人には言えないような癖を愛する人には薦めたいです。